【Introduction】消しゴム?

 週刊少年ジャンプで連載中の大人気コミック『僕のヒーローアカデミア』(以下、「ヒロアカ」と略称)には、ユニークな名前のキャラクターが大勢登場します。中でも、主人公たちが通う高校の担任である相澤消太先生は、「イレイザーヘッド」という活動名を持っています。「イレイザーヘッド Eraserhead」とは “鉛筆に付いている消しゴム” のことですが、何で消しゴム?と思われた方も少なくないのではないでしょうか。

 実はこのキャラクター名、知っている人にとってはガッツポーズしたくなるくらいのナイスネーミングなんです!(笑) この記事においては、その衝撃の元ネタについて、ヒロアカとの関連性に重点を置きながらご紹介します。

1. 由来は ”カルト映画の帝王” デビュー作

 ずばり!元ネタは、デヴィッド・リンチ監督の『イレイザーヘッド』(1977)という映画だと考えられます。「カルト映画の帝王」と呼称されるリンチの長編映画デビュー作で、モノクロで描かれる不気味で難解な世界観が特徴的な映画です。

 言わずもがな、キャラクターの特徴である”相手の能力を「消す erase」能力” と『イレイザーヘッド』というタイトルが結び付けられています。キャラクターは全身真っ黒な服に灰色の布を首に巻きつけた格好をしていますが、この配色もモノクロで描かれた同名映画の世界観と一致しています。映画のジャケットと照らし合わせると、キャラクターのミステリアスな雰囲気とよく似ていることがわかるはずです。

2. 監督本人が「完璧な映画」と語る

 映画の内容に入る前に、まず監督のデヴィッド・リンチという人物について軽く触れたいと思います。

 リンチは、「現実にひそむ暗くて得体の知れないもの」に惹かれるようで、例えば「美しい景色の中にある石をひっくり返すと赤い蟻がうじゃうじゃいる」みたいなものに魅力を感じるそうです。俗に言う、「悪趣味」です。彼のその強烈な嗜好を表したエピソードの一つに、地下室で猫を解剖している現場を父親に発見され、「これじゃ結婚は無理だな」と思われたという話まであります。パンチの効いた方ですね。

 そんな彼が初めて取り組んだ長編映画が、この『イレイザーヘッド』。製作に5年も費やした作品ですが、リンチ自身はこの映画を「完璧な映画」と語っています。そう、地下室で猫の解剖をしていたあのデヴィッド・リンチが、です。この映画には、そんな彼の大好きな現実にひそむおぞましさが詰め込まれています。

※以下の項は、映画『イレイザーヘッド』のネタばれを含みます。ご了承の方はご覧ください。#5以降はネタばれを含まないので、飛ばしたい方はそちらへどうぞ)



3. どんな映画?

 「イレイザーヘッド」は、上述のとおり “鉛筆に付いた消しゴム” のことで、リンチはこの言葉から「切り落とした頭を鉛筆工場に持っていく」というシュールレアリスム的なアイデアを思いつきます。このアイデアを基に作られた映画であるため、劇中にも主人公が自分の頭を切り落として鉛筆工場へと持っていくという場面があります。しかしながら、映画全体から見ると、この部分はあまり重要ではありません。映画自体は「父親になること」がテーマになっています。

 映画の主人公ヘンリーは、付き合っている女性から自分との間に出来た子を出産したことを告白されます。彼女曰く、その産まれてきた赤ん坊は「人間じゃないかもしれない」。この赤ん坊は、映画の撮影現場において「スパイク」という愛称で呼ばれていましたが、たしかにこのスパイクがどう見ても人間じゃない。(笑) いわゆる奇形児で、何とも形容しがたいグロテスクな容姿をしています。(画像を載せるのは自粛しますので、ご覧になりたい方は「イレイザーヘッド スパイク」で検索!)

 しかも、これが映画のために作った造形品ではなく、実際に生きているようにしか見えないのです。思い出していただきたいのが、この映画の監督がこっそり地下室で猫の解剖をしているような人だということ。リンチが頑なにスパイクの正体について答えないため、もはや合法的なものなのかどうかすら疑われているらしい… ((;゚Д゚)(ちなみに、牛か羊の胎児という説が有力だそうです。)

 そして、本当に恐ろしいのが、このグロテスクなスパイクに人間のモデルがいるということです。それは誰かというと…

4. 本当にヤバい映画

 なんと、監督の実の娘であるジェニファー・リンチ! それどころか、実は『イレイザーヘッド』という映画自体が、デヴィッド・リンチの父親になった実体験に基づいて作られたものだったというのです。

 映画の主人公と同様に、リンチも当時付き合っていた女性から妊娠を告白され結婚します。かくしてジェニファーが誕生しますが、彼女は産まれたときに弯足、すなわち「奇形」状態だったそう。この軽い奇形で生まれた自身の子を大袈裟に反映させて作り上げたのが、スパイクということになります。しかし、だからって、だからって間接的に自分の子供を「人間じゃないかもしれない」って言うのはどうなんですか!!!?

 赤ん坊の泣き声で眠れなかったり、子育てに疲れた嫁が実家に帰ったりするという妙に日常的な場面がありますが、これらもやはりリンチの実体験から来ているもの。グロテスクなスパイクのモデルにされてしまったジェニファー・リンチは、この映画がデヴィッド・リンチの「父親になりたくない」という願望を投影させたものだと語っています。

 悪趣味なんてもんじゃなく、デヴィッド・リンチは人格もかなりヤバめだったことがわかります。(ちなみに、その後ジェニファーさんは大きくなってから、父親と共同で映画を作ったようです。仲良くなったみたいで良かった)



5. なぜナイスネーミング? ヒロアカとの共通項

 さて、こんなにヤバい映画から名前を拝借したということを知ると、ヒロアカの「イレイザーヘッド」はあまり良いネーミングではないような気がしてきます。しかし、それでもこれは紛うことなきナイスネーミングだと言えます。 こんなにヤバい映画なのに、一体なぜ…?

 ヒロアカのイレイザーヘッドは、人気商売である「ヒーロー」という仕事に就きながらも「メディアの露出を控え、アンダーグラウンドで活躍する」キャラクターですが、実はこの設定が映画の背景とよく似ているのです。

 映画『イレイザーヘッド』は、大きな予算をかけて広く認知され愛されるハリウッド大作のようなものではなく、低予算で個人的な趣味を突き詰めて作られたアンダーグラウンドの作品です。観る人の受け止め方は気にかけず、100%自分のやりたい事を突き詰めて作った映画です。

 映画制作は莫大な費用がかかる仕事であるため、たった一回失敗するだけでも監督人生が終わってしまうと言われています。そんな業界で、しかもデビュー作で、ここまでピュアな動機から観客に全く媚びない作品を出すことがどれほど凄いことか! ゆえに、監督はこれを「完璧な映画」と称しています。決して大衆から広く愛されるような映画ではありませんが、その姿勢を認める一部の狭い層からは熱狂的に支持されています。

 ヒロアカのイレイザーヘッドもまた、周囲からの目線は全く気にせず不審者のような怪しい見てくれをしていますが、彼の意志をしっかり汲み取っている生徒たちからは熱い信頼を集めています。つまり、この二つには「大衆に媚びずアンダーグラウンドで己のやりたい事をやっている」、そして「その姿勢を支持する人が一定数いる」というめちゃめちゃかっこいい共通項があります。それゆえ、ナイスネーミングなんです。

 ちなみに、リンチはこの映画のファンであるジョージ・ルーカスから『スター・ウォーズ エピソードⅥ/ジェダイの帰還』(1983)の監督をオファーされますが、なんとこれを断っています。あのスター・ウォーズまでをも蹴るなんて、大衆人気に応じない意志が尋常じゃないですね。

6. 映画からの影響は他にも

 『イレイザーヘッド』以外にも、ヒロアカには映画からの影響が数多く存在します。例えば、作中でイレイザーヘッドと対極的な存在として描かれている「オールマイト」。前項において、『イレイザーヘッド』のようなアンダーグラウンドのカルト映画の対極として「ハリウッド映画」を挙げましたが、オールマイトの外見はそのハリウッド映画で活躍する某人気俳優にそっくりです。(オールマイトがその俳優から着想を得たと考えられる理由に、オールマイトの決めゼリフである「私が来た!(I’m here!)」と俳優の有名なセリフ “I’ll be back(私は戻って来る)” が激似なことが挙げられます。)この対比が、また上手だなぁと。

 他にも、主人公をインターンシップで指導するおじいちゃんである ”グラン・トリノ” というキャラクター名は、頑固な老人の晩年を描いたクリント・イーストウッド監督の映画『グラン・トリノ』(2008)から取られていたり、13巻で登場する犯罪集団 ”レザボア・ドックス”は、タランティーノ監督の同名映画『レザボア・ドックス』(1992)と同じように「色」のコードネームを使って仲間を呼び合ったりしています。『時計じかけのオレンジ』や『羊たちの沈黙』などのパロディが確認できる場面もあり、作者である堀越先生の映画好きを垣間見ることができます。

 こうしたネーミングから、映画のオマージュを探してみるのも面白いかもしれませんね(^^)

【参考文献】
・町山智浩『<映画の見方>がわかる本 ブレードランナーの未来世紀』洋泉社、2005年