目次
【Introduction】なぜ最高傑作?
ポルノグラフィティの最高傑作。
そう謳われる曲は幾曲もありますが、とりわけそう呼ばれることが多い楽曲が《カメレオン・レンズ》(2018)です。というのも、ファンからの人気が高いのはもちろん、メンバーである二人もこの曲を格別に評価しているからです。
作詞作曲を担当したギターの新藤晴一さんは、打ち込み系の曲を作りたい気持ちが《カメレオン・レンズ》を作って満たされたと語り(#7で詳しく後述)、ヴォーカルの岡野昭仁さんは、相方が手がけた作品で凄いと思う曲として《カルマの坂》と本楽曲を挙げました。
では、この曲の一体どこが凄いのか? 改めて、《カメレオン・レンズ》が最高傑作と呼ばれる理由についてまとめました。
1. どの辺りが凄い?
この問いの結論から言うと…
全部。
元も子もないようですが、本当なんです(笑) 作詞、作曲、編曲、どの部分を観ても面白い楽曲です。
この記事においては、これらを各部門に分けながら解析していきます。作詞については#2〜#6、作編曲については#7〜#9をご覧ください。(作曲と編曲は明確な区別が付けにくいため、合体させています。)
2. 作詞編❶:カエサルの名言
まずは作詞から。
《カメレオン・レンズ》は、不倫を題材にしたTVドラマ『ホリデイラブ』の主題歌として制作された楽曲。このドラマの構想から、晴一さんは「人は見たいものしか見ようとしない」というガイウス・ユリウス・カエサル(BC100-BC44)の言葉を連想したと語っており、歌詞もそこから着想を広げた哲学的な内容になっています。
該当するカエサルの名言は、おそらく以下のもの。
人間ならば誰にでも、現実の全てが見えるわけではない。
多くの人たちは、見たいと欲する現実しか見ていない。[1]
3. 作詞編❷:アドラー心理学の「認知論」
心理学において、この考え方は「認知論」と呼ばれています。これは心理学者のアルフレッド・アドラー(1870-1937)が提唱したもので、人間はたとえ同じ出来事を体験しても、自分の受け取りたいように主観的に意味づけをしてしまう傾向にあるため、「人は事実をありのままに客観的に把握することは不可能」[2]だとする考え方です。正に「ありのままの真実など誰も見ていやしない」ということなんですね。
アドラー心理学カウンセラーの岩井俊憲さんは、この認知論をわかりやすく「誰もが自分だけのメガネを通してものを見ている」[3] と形容しています。この「自分だけのメガネ」は「私的論理 private logic」と呼ばれていますが、これこそが歌詞でいう「カメレオン・レンズ」のことです。
カメレオン・レンズとはつまり、物事を見るときに人間が作ってしまいがちな心のフィルターのこと。これを、自分の都合のいいように体色を変えるカメレオンに例えて表した造語です。したがって、曲名を学術的に言い換えると「私的論理」になりまs… いや、「カメレオン・レンズ」のほうがやっぱり良いわ…。
4. 作詞編❸:カラスが黒い理由
この曲においては、認知論という難しそうなテーマが、「体色を変えるカメレオン」にちなんで、わかりすく「色」に例えられています。例えば、歌詞における次の一節。
不吉な声でカラスが鳴いた あれは僕が君の空に放した
青い鳥なのかもしれないね 美しい羽だった
カラスの色といえば黒。歌詞同様、色の心理学においても「不吉を表し、生の否定の象徴」[4] とされている色です。そのせいもあって、カラスが黒い理由は、神話や童話において以下のように伝えられてきました。
① アラブの民間伝承版「洪水伝説」
カラスは黒くなかった。しかし、ノアから洪水の偵察を命じられたのにサボっていたため、罰として容姿を醜い黒にされた。
②ギリシア神話
カラスは白かった。しかし、余計な一言を言ってしまったために、太陽神アポロンの怒りを買った。罰として美しい羽の色が奪われ、やがて黒になった。
③ 日本の昔話に基づいた絵本『ふくろうのそめものやさん』
カラスは白かった。しかし、オシャレのつもりで様々な色に羽を染めたところ、色が重なって真っ黒になってしまった。
いずれも、カラスの行いが悪くて黒くなってしまったというもの。中国やエジプトにおいては、太陽を象徴する鳥とされてきたものの、全体的にはあまり良いイメージを抱かれなかった鳥です。そんなカラスを、「青い鳥なのかもしれないね」と形容する歌詞… 一体どういうこと?
実を言うと、鳥の目からは、カラスは黒く見えないそう。
鳥類は見える波長の領域が人間より広く、人間が赤、青、緑の3種類を感じる視細胞があるのに対して、それに「紫外線」を足した4種類を感じることができます。鳥の視覚を再現したカメラを通したところ、なんとカラスは綺麗な青色をしていたそう。したがって、鳥の目から見るとカラスは青い鳥ということになります。
実際にカラスの羽をよく観察すると、人間の目からも青みがかって見えるだけでなく、緑や紫などの他の色も確認することができます。「様々な色が混ざりすぎて黒になった」という③の昔話は、あながち間違ってもいなかったことになりますね。
5. 作詞編❹:メーテルリンクの童話劇『青い鳥』
言わずもがな、歌詞の「青い鳥」とは、メーテルリンク(1862-1949)の童話劇『青い鳥(原題:L’Oiseau bleu)』のオマージュ。主人公のチルチルとミチルの兄妹は、夢の中で「幸福の象徴」である青い鳥を求めて冒険しますが、目がさめると枕元の鳥かごに目当ての鳥がいたというストーリー。幸福は実は身近な場所にあるということを、暗に示す作品です。
この童話劇から、青い鳥は「幸福の象徴」とされていますが、実際に色の心理学においても、青は「平和」「神聖」「自由」等のイメージを持つ色とされています。黒が持つ「不吉」とは対極なイメージです。
人間は、カラスの色を「不吉」と思い込んでは寓話の中で散々な扱いをしてきたのに、実は鳥の目から見ると「幸福の象徴」たる色をしていた。つまり、同じものを見ているはずなのに、全く別の意味で捉えられる見え方をしていたということになります。
「カラスは黒」という常識的なことまで思い込みだったなら、「林檎は赤い」も実は思い込み? 歌詞における一番大きな問いかけはこれです。
君の愛は What color?
心理学におけるこの答えは「赤」らしい。(笑) ですが、上述の通り、これは認知論を色に例えて表現した曲。したがってこの一節は、同じ恋愛を体験していても、歌詞の主人公と「君」の「愛」の解釈が必ずしも同じではないことを表していると考えるのが妥当でしょう。
6. 作詞編❺:「空を見上げる」は「上手くいってない恋愛」の隠喩
ところで、《カメレオン・レンズ》で描かれる「空を見上げる」という行為は、ポルノグラフィティの曲によく登場する表現。例えば、《サボテン》(2001)には「窓を開けて空を仰いだ」の一節があり、《今宵、月が見えずとも》(2008)には雲の切れ間から月が見えるのを待っている節があります。
この表現について、晴一さんは「不毛な恋愛をしている時は、言わなくて良いこととか踏み込まなくて良いこととかを踏み込まないように、見つめ合うのを避けて、大体空を見上げるんじゃないかな。」と言及しています。(→詳しくは《夜間飛行》の記事を参照)
したがって、ポルノグラフィティで「空を見上げる」描写がある曲は、大体が「上手くいってない恋愛」の曲。《カメレオン・レンズ》も、お互いを見つめ合わずに空に目を向けているので、おそらく関係は上手くいっていません。それでも「せめて同じ空を見れたら」と、見つめ合わないながらも寄り添う努力をしています。
この曲の大きなテーマとして、「人間同士は果たしてわかりあうことができるのか?」というものがあり、作詞者はこの答えを「本当の意味でわかりあうことはできない」としています。同じ空を見ようと肩を引き寄せてみても、月が白にも黒にも見える「月蝕の夜」では、同じ色の月さえ見ることができない。 (実際の月蝕は「Black or White」どころでなく、赤、黄、緑、グレーなど、さらに多色に見えます。)
しかし、わかりあおうと努力することはできる。『ホリデイラブ』の主題歌として作ったこの曲について、晴一さんは次のように述べています。
ドラマでは不倫した夫婦の再生がテーマになっていると聞いていたので、一度は違うものを見た2人が必死に同じものを見ようとしている様をイメージしながら書いていったところはありました。[5]
必死に同じものを見ようと努力するほど、余計に互いを傷つけあってしまう。それでも、そこで「同じ痛み」を得られたなら、少しはわかりあえたことになるのではないか? そんな旨がCメロで語られます。ポジティヴなようでネガティヴなようで、非常に哲学的ですね。
歌詞については以上。これだけでも半端ない情報量(^o^;
7. 作編曲編❶:打ち込み系への創作欲求が満たされた曲
次に、作編曲について。
この曲に対するメンバー自身からの評価が高いことは#1で前述しましたが、実際には以下のような経緯があります。
制作当時、作曲を手掛けた晴一さんは、《LiAR》(2016)や《MICROWAVE》(2017)等、EDMのような打ち込み系の楽曲に何度も挑戦していました。(バンドサウンドで作られた《THE DAY》(2016)も、なんと当初は打ち込みで作るつもりだったそう。)
EDMのような「ループもの」の曲は、コード進行する曲に比べて印象的なリフを作りやすいという理由もあって、当時は「そういうのが創りたい時期だった」と言います。それに続けて、こんな発言も。「「カメレオン・レンズ」を創ってもう満足したけど」
したがって、《カメレオン・レンズ》はこの時期に取り組んできた打ち込み系の創作欲求が満たされた曲、つまりその最高傑作ということになります。この曲が完成してからは、「打ち込み系はよくやった」と、この流れに終止符が打たれました。
しかしながら、《カメレオン・レンズ》が本当に凄いのは、これが打ち込みの枠だけに収まるジャンルじゃないことにあります。
8. 作編曲編❷:レゲエ+EDM+ロック
なんと、この一曲の中には、レゲエ、EDM、ロックの3つの異なる音楽ジャンルが内在しています。 一つずつ確認してみましょう。
①レゲエ:特にサビ!
実は、晴一さんは好きが高じてジャマイカに行ってしまうほどの大のレゲエ好き。そんな訳で、まず裏拍にアクセントを置く「レゲエビート」を基調にすることから、この曲の構想を練り始めたそう。特にサビ部分において、レゲエビートを確認することができます。
②EDM:特にイントロ!
#7で前述した通り、この時期に最も積極的に創られた系統の音楽で、《カメレオン・レンズ》はその集大成と言える曲。特にイントロ部分において、EDMを確認することができます。
③ロック:特に間奏!
ポルノグラフィティの活動の原点にある音楽で、間奏部分のアメリカンなギターリフがこれに該当。#7で前述した「印象的なリフが付けやすい」というEDMの特徴と、上手く合体させたものになっています。
実は、この3つの音楽の融合は、晴一さんが他のグループで積極的に挑戦してきたことです。
2011年に、日本を代表するレゲエグループ湘南乃風のメンバーであるSHOCK EYEさんと、トラックメイカーの篤志さん、そしてロックバンドであるポルノグラフィティの晴一さんの3人によって、「THE 野党」という音楽ユニットが結成されました。レゲエ、EDM、ロックのそれぞれのフィールドで活躍するミュージシャンが、それぞれの専門分野をミックスさせた音楽性を作り上げています。
《カメレオン・レンズ》の編曲を担当したのは、そのTHE 野党メンバーの一人である篤志さん。「レゲエ+EDM+ロック」はポルノグラフィティにとって初めての挑戦でしたが、すでに他のグループでこの音楽性を磨き上げてきた二人が携わったことによって、初めてとは思えないほどのクオリティに仕上がっています。
9. 作編曲編❸:転調
曲の中でも人気の高い部分が、「Non non non non」というヴォーカルの合図でサビに入る瞬間。キャッチーでかっこいい箇所ですが、このかっこ良さの秘訣は転調にあります。
《カメレオン・レンズ》は、「イントロ、Aメロ、Bメロ、間奏」はA minor、「サビ、Cメロ」はC minorで構成されています。このBメロからサビへ(A minor→C minor)は「平行同主調」、サビから間奏へ(C minor→A minor)は「同主平行調」への転調と呼びます。
平行同主調とは、平行調の同主調という意味。A minorの「平行調(※1)」はC Majorですが、そのC Majorの「同主調(※2)」はC minor。したがって、A minorから見たC minorは、「平行調」の「同主調」、すなわち平行同主調ということになります。同主平行調は単にその逆です。
一般的に転調は、転調したことに気づかれないくらい自然に行われるほうが良いと考えられています。例えば、J-POPには大サビでキーを一つだけ上げるような転調がよくありますが、あれはすぐにバレる不自然な転調です。(笑) 不自然な転調は「遠い関係の調(遠隔調)」へ、自然な転調は「近い関係の調(近親調)」へ転調していることが多く、上記の平行調や同主調は「近い関係の調」に属します。
一方、《カメレオン・レンズ》の転調関係である「平行同主調」や「同主平行調」は、近すぎず遠すぎずな関係。自然でありながら、転調したときのインパクトを感じることもできる絶妙な転調です。 この近すぎず遠すぎずな転調が、耳に残るキャッチーさを生み出しているのです。
Aメロとサビの音域を調整する過程で、偶然生まれた転調ではあるそうですが、晴一さん自身も「キャッチーさと言うか、耳を捉えるいい要素になった」[6] と自己評価しています。
10. 番外編:ペンローズの三角形
曲そのものとは関係ありませんが、CDジャケットのデザインも凝っていて素晴らしいので、少しだけ紹介します。
ジャケットには、最も純粋な形の不可能図形として知られる「ペンローズの三角形」がデザインされています。「不可能図形」とは、目の錯覚を使って作られる、三次元では実現不可能な二次元の図形のこと。画家のマウリッツ・エッシャー(1898-1972)がよく作品に用いていたことで知られています。
現実の世界ではありえないことが、目の錯覚によって起きているかのように見えるという点で、「認知論」と通じるものがありますね。
11. まとめ
この長い長い内容をざっくりまとめると、
- 歌詞:アドラー心理学の「認知論」を色に例えて表現した
- 作編曲:レゲエ、EDM、ロックを融合させた
という点で、傑出した曲です。
それにしても、たった4分半の曲の中に、これだけの情報が詰め込まれているのは圧巻…。個人的に「ポルノグラフィティの最高傑作」と考える曲は別にありますが、やはりそう謳われるだけの価値が十分にある曲ですね。
【関連記事】
・ポルノグラフィティ《夜間飛行》澄ましていた耳を塞いだ理由
※#6で記述した「空を見上げる」という表現について触れています。
・ポルノグラフィティ《ミステーロ》の作曲的素晴らしさをただ語るだけ
・ポルノグラフィティ関連記事一覧
【脚注】
※1「平行調」:同じ調号で表すことのできる関係の調。A minorの場合、調号が0個の調なので、同じく調号を0個で示すことのできるC Majorが該当。
※2「同主調」:同じ主音を持つ長短調。C minorの場合、Cを主音に持つ短調なので、同じくCを主音に持つ長調であるC Majorが該当。
【引用文献】
[1] 塩野七生『ローマ人の物語 パクス・ロマーナ[上] 14』新潮社、2004年、p.12
[2] 岩井俊憲『人生が大きく変わる アドラー心理学入門』かんき出版、2014年、p.30
[3] 同上、p.30
[4] 佐々木仁美『色の心理学』枻出版社、2014年、p.64
[5] ポルノグラフィティ「カメレオン・レンズ」インタビュー(2019/08/16閲覧)
[6] ポルノグラフィティ「カメレオン・レンズ」インタビュー(2019/08/20閲覧)
【参考文献】
・ポルノグラフィティ「カメレオン・レンズ」インタビュー(2019/08/20閲覧)
・ 岩井俊憲『人生が大きく変わる アドラー心理学入門』かんき出版、2014年
・ 佐々木仁美『色の心理学』枻出版社、2014年
・ 無藤隆・森敏昭・池上知子・福丸由佳編『やわらかアカデミズム<わかる>シリーズ よくわかる心理学』ミネルヴァ書房、2009年
・ 塩野七生『ローマ人の物語 パクス・ロマーナ[上] 14』新潮社、2004年
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