午前4時33分

ポルノグラフィティ《見つめている》作った本人すら「どうかしてる」と評した問題作

【Introduction】自己評価が「どうかしてる」

 ポルノグラフィティのヴォーカル岡野昭仁さんが、初めて自身の作詞作曲名義で世に出した楽曲が、シングル『サウダージ』の2曲目に収録されている《見つめている》(2000)。リリースから18年後、昭仁さんはこの曲を振り返り、次のように自己評価しています。「どうかしてる

 特に、作った本人がドン引きしているのが、歌詞のこの一節。「ビーチサンダルを履いた指にはさまる砂のようにまとわりついて 離れない 離れないぞ」どうかしてますね。

 この詞からわかるように、《見つめている》は「ストーカー」を題材にした楽曲です。初めて手がけた曲の歌詞を、なぜ自分でも「どうかしてる」と思うような内容で書いてしまったのか。この記事においては、そんなポルノグラフィティの謎の黒歴史ソング《見つめている》を取り上げます。

1. 元々ボサノバ風の曲だった

 この曲が収録されたCDシングルの「サウダージ」というタイトルは、ポルトガル語で「郷愁や過去への憧憬」「届かぬ思い」等の意味を持つ言葉。これは、表題曲《サウダージ》(2000)の作詞者である新藤晴一さんが「僕が持ってるボサノバのCDに “サウダージ” って言葉が出てくる[1] と命名したものです。《サウダージ》はボサノバの曲ではありませんが、曲のラテンらしい雰囲気に合う言葉を探していたところ、これがぴったり合ったとして選ばれました。(→詳しくは《サウダージ》の記事を参照)

 シングルの収録曲には、その表題曲と繋がりのある雰囲気の楽曲が選ばれたり作られたりすることが度々ありますが、《見つめている》も、ボサノバでおなじみの「サウダージ」という言葉にちなんで、なんと当初は「ボサノバ」を構想して作られていたそう。当時のインタビューにおいて、昭仁さんは次のように語っています。

一応僕流のボサノバとして作ったんですけど、全然違う曲になっちゃいましたね。ただ、とにかくシンプルでソリッドな曲にしたいなと思って。 [2]

 完成した楽曲は、たしかにボサノバ風からはテンポが上げられ、ソリッドで尖った印象に仕上がっています。また、後になって「作詞・作曲に一番時間がかかった作品」に本楽曲を挙げ、一つの曲としてまとめあげるのに苦労したと言い添えました。かなり難産だったことが窺える楽曲です。

 そんな苦労して作り上げた曲を「問題作」たらしめてしまったのは、やはり歌詞。

2. 初めて手がけた曲にして、最も後悔している曲

 本人の口から「どうかしてる」と言われてしまうきっかけになったのは、2018年に始まった音楽配信サービス(Spotify、Amazon Music、AWA等)によるポルノグラフィティの全楽曲解禁。これを機に、メンバー自身も昔の曲を改めて聴き直したと言います。

 昭仁さんは、過去に他のメンバーや当時のプロデューサーが作った曲について、「こんなに良い曲なのに、当時の自分が歌えていなかった」と、直後のライブツアーにて後悔を語りました。その流れで、今の歌唱力でやり直したい曲を歌ってくれるのかと思いきや、「中には失敗したなぁ〜という曲もあって…」と、《見つめている》を歌い始めます。 え、失敗したほう歌うの?

 本人曰く、初めて自身の作詞作曲名義で世に出す曲だったため、「一筋縄ではいかない」ところを見せつけたく、このような歌詞になってしまったそう。実際は爽やかな恋愛をしていると仰っていました。(笑)

 作詞者の言葉を信じるならば、特に実体験に基づいた歌詞でもないということになります。とすれば、この「ストーカー」という発想はどこから出てきたのか、気になりますね。

3. The Policeの《見つめていたい》

 筆者が着想元と考えているのは、The Policeのヒット曲《Every Breath You Take》(1983)。言わずと知れたこの曲の邦題は、《見つめていたい》です。

Every breath you take Every move you make
Every bond you break Every step you take
I’ll be watching you

 上記の歌詞は、《見つめていたい》の冒頭部分。一般的には、この一節は次のように訳されます。

あなたが呼吸をするとき あなたが動くとき
あなたの絆が破れるとき あなたが一歩踏み出すとき
いつもあなたを見つめていたい

 ロマンティックですね。9th(ナインス)の加わった柔らかな印象のコードで進みながら、ヴォーカルのスティングが優しい歌声で歌うこの曲は、去り行く恋人に純粋な想いを歌ったラブソングとして、世界中で愛されています。

 しかし、そんな《見つめていたい》は、しばしば「最も誤解されている曲」と論じられます。すなわち、「純粋な想いを歌ったラブソング」という認識は誤解ということ。もしかして……?

4. 最も誤解されている曲

 実は、この曲もポルノグラフィティの《見つめている》さながらの「ストーカーソング」だということが発覚しています。作詞したスティングは、この曲について次のように語っています。

まるで心地よいラブソングのように聞こえるし、私も作ったときはこの曲にどれほど悪意があるか気づいてなかった。きっと、監視と管理のビッグ・ブラザーについてでも考えていたんだろう。[3]

 本人も意図せず、悪意が乗ってしまったような言い分ですね。どういうことか、少し解説します。

 まず、ここで名前が挙げられている「ビッグ・ブラザー」とは、ジョージ・オーウェル(1903-1950)の小説『1984年(原題:Nineteen Eighty-Four)』(1949)に登場する、「独裁者」のキャラクターのこと。スターリンがモデルと考えられている登場人物で、国民が反逆しないよう、一人一人の行動や言動を常に「監視」「管理」しています。

 そんな彼が率いる党のキャッチコピーは「ビッグ・ブラザーがあなたを見ているBig Brother is watching you[4]。すなわち「いつも監視しているから、余計なことは一切するな」という圧力ですが、なんとこれが《見つめていたい》の「I’ll be watching you」と同じ言い回し…!

 そもそも《見つめていたい》は、スティングが最初の妻であるフランシス・トメルティと離婚するときに作った歌。もし、本人が言うようにビッグ・ブラザーのことを無意識に考えながら作ったのなら、「I’ll be watching you」は「いつもあなたを見つめていたい」なんて甘ったるいものじゃなく、去り行く相手に「いつもお前を見ているぞ」と脅すような、脅迫めいた意味を持っていることになります。

 それを踏まえて上記の歌詞を訳し直すと、次のようになります。

お前が呼吸をするたび お前が動くたび
お前が破局するたび あなたが一歩あるくたび
いつもお前を見ている

 一気にホラー感が出てきましたね。

5. 「ズレただけでえらい方向にいってしまう愛」

 The Policeの《見つめていたい》が着想元かどうかは推測の域を出ませんが、この二曲には確実に共通している部分があります。

 それは、「相手が去ってしまう失恋」に対して作った曲であること。というのも、#1 で前述した通り、《見つめている》は《サウダージ》の収録曲を前提として作られた曲。そして、その繋がりを感じさせるように作られている可能性が高い曲です。(ちなみに、シングルの3曲目に収録された《冷たい手〜3年8ヶ月〜》も、《サウダージ》同様に「破局」がテーマの曲。)

 ポルノグラフィティの《サウダージ》は、自分の恋心は健在であるのに「相手が去ってしまう」ことを嘆いている失恋ソング。つまり、The Policeの《見つめていたい》と全く同じ状況下にあります。《サウダージ》の構想を知った昭仁さんが《見つめていたい》を連想した可能性は、無きにしも非ず、といったところでしょうか。

 《見つめている》の歌詞について、昭仁さんは次のように語っています。

内容としては、偏った愛情というか、ちょっとズレただけでえらい方向にいってしまう愛というのをテーマにしてる [5]

 《見つめていたい》は、スティングの愛情が「ちょっとズレただけ」でとんでもない方向にいってしまった曲。対して、《サウダージ》は主人公が自分の心と向き合うことに留まり、相手には迷惑かけていません。(笑) では、もし《サウダージ》の主人公の愛情が、ちょっとズレてしまったとしたら…?

 ひょっとすると、「ビーチサンダルを履いた指にはさまる砂のようにまとわりついて」いた、かもしれませんね。(笑)
  

【関連記事】
ポルノグラフィティ《サウダージ》 ラテンだけじゃない、実はあの国の要素も…!歌詞に仕掛けられた二つのトリック

【引用文献】
[1] 河口義一『PORNOGRAFFITTI×PATi PATi COMPLETE BOOK -15years file- 1』エムオン・エンターテインメント、2014、p.66
[2] 同上、p.66
[3] The Independent How we mock our most serious Star, our forest saver. Shouldn’t he be protected, or at least respected…? / Wayback Machine(2019/09/09閲覧)
[4] ジョージ・オーウェル『一九八四年』早川書房、2009年、高橋和久訳、p.8
[5] 河口義一、前掲、p.66

【参考文献】
Every Breath You Take by The Police / songfacts(2019/09/09閲覧)
Every Breath You Take / 見つめていたい(The Police)1983 / 洋楽和訳 Neverending Music(2019/09/09閲覧)
・河口義一『PORNOGRAFFITTI×PATi PATi COMPLETE BOOK -15years file- 1』エムオン・エンターテインメント、2014
・ジョージ・オーウェル『一九八四年』早川書房、2009年、高橋和久訳
The Independent How we mock our most serious Star, our forest saver. Shouldn’t he be protected, or at least respected…? / Wayback Machine(2019/09/09閲覧)

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