※この記事には、映画『ボヘミアン・ラプソディ』に関するネタばれが含まれます。ご了承の方はご覧ください。
目次
【Introduction】もしクイーンじゃなかったら…
ロックバンド「クイーン Queen」のヴォーカリスト、フレディ・マーキュリー(1946-1991)の生涯を描いた伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)のヒットにより、彼の死後30年近くなった今、再びクイーンが注目されました。
映画においては、フレディが作詞作曲を手がけた《Bohemian Rhapsody》(1975)という問題作をシングルとしてリリースするかどうかで揉め、なんとそれを認めなかったレコード会社との契約を絶つことでバンドは成功します。曲を作ったフレディが凄いだけでなく、お偉いさんの意見よりも自分たちの信じた音楽を優先するセンスと度胸をもったクイーンの他メンバーがいたからこその成功です。もしフレディが所属していたバンドがクイーンじゃなかったら、彼の芸術を理解するメンバーがいなかったとしたら、フレディはどんな生涯を送っていただろうか? それがわかる映画があります。
この記事においては、映画『ボヘミアン・ラプソディ』と比較しながら、それと驚く程よく似たブライアン・ウィルソンの伝記映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』(2014)(以下、『ラブ&マーシー』と略記)をご紹介します。
1. クイーンにいたフレディができたこと
『ラブ&マーシー』の紹介に入る前に、まずはクイーンの功績について触れる必要があります。映画『ボヘミアン・ラプソディ』に沿ってまとめると、以下の4点にまとめることができます。
①過去のヒット曲に依らず、新しい音楽を作り出した
《Killer Queen》(1974)のヒットを受け、クイーンはそれと同じ路線の新作を作ることを求められます。ところが、クイーンはそれを拒み、前作を超える新しい音楽を目指し「オペラ」をロックで表現するアルバム『オペラ座の夜(原題:The Night at the Opera)』(1975)の制作にとりかかります。
②革新的なレコーディング方法を生み出した
劇中のレコーディング風景で、ピアノの弦やドラムの上に物を置いたり、ステレオの左右の音像を調整する「パンニング」という機能を楽曲に利用したりして、新しい音色や音響を作る場面があります。こうしたアイデアは、現代音楽(クラシック)においてよく使われたもので、特に「ピアノ弦に物を置いて音色を変える」というアイデアは「プリペアド・ピアノ」と呼ばれ、現代音楽作曲家のジョン・ケージが発明したことで知られています。こうしたレコーディング方法からも、ロックでオペラ(クラシック)をするというアルバムの目的通りの型破りをみることができます。
③新しい音楽を受け入れなかった重役を切った
『オペラ座の夜』のリリースについて、メンバーは①の理由からEMIの重役レイ・フォスターと揉めます。特に長さ6分以上もある難解な楽曲《Bohemian Rhapsody》をシングルカットしたいというメンバーの意見に、無難な選択を求めるフォスターはゴーサインを出しません。メンバーは「あなたはクイーンを逃した男として歴史に名を残すだろう」と凄まじいセリフをフォスターに言い捨て、EMIとの契約を破棄します。
④売上が成功した
レイ・フォスターの予測とは裏腹に、《Bohemian Rhapsody》は各国のセールスで1位を記録。批評家には「不可解」「長すぎる」と叩かれながらも、EMIほどの大きな会社を蹴ったクイーンの選択は、売上においても大成功を収めます。
これらの功績は、フレディ・マーキュリーという音楽の天才がいたことに加え、彼が作った《Bohemian Rhapsody》を傑作だと見抜き、それを認められなかった大手を切る決断のできるブライアン・メイ等のメンバーがいたことで成されたことです。では、もし音楽的センスに長けた理解者がそばにいなくて、音楽の天才がひとりぼっちだったとしたら…?
※以下、映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』の結末に触れない程度のネタばれが含まれます。
2. ビーチ・ボーイズの天才ブライアン・ウィルソン
一方、伝記映画『ラブ&マーシー』の主人公ブライアン・ウィルソンは、ロックバンド「ビーチ・ボーイズ The Beach Boys」のメインコンポーザーでした。1960年代当時、ローリングストーンズと共に「ビートルズのライバル」として注目されたバンドです。
ブライアンは、ビートルズに対抗するためにアルバム『ペット・サウンズ(原題:Pet Sounds)』(1966)の制作にとりかかります。クイーンにとっての『オペラ座の夜』にあたる実験的なアルバムで、同様にそれまでの自分たちの音楽を超えることを目標に作られます。これについて、映画評論家の町山智浩さんの著書に説明があるので引用します。
ビーチ・ボーイズは海辺の青春と恋を歌ったサーフ・ロックで大人気になるが、リーダーとして音楽的創造の中心にいたブライアン自身はサーフィンの経験もない、内向的で繊細な青年だった。(中略)ブライアンはライバルだったビートルズのアルバム『ラバーソウル』(65年)と『リボルバー』(66年)に大変なショックを受けていた。それはもはやロックンロールを超えて、ジャズやクラシックの要素をも取り入れた「アート」だったからだ。それに対抗意識を燃やしたブライアンは、『ペット・サウンズ』でありとあらゆる実験を試みた。(町山智浩『映画と本の意外な関係!』集英社インターナショナル、2017年、p.181-182)
クラシックの演奏家からジャズのスタジオ・ミュージシャン、電子楽器テルミンまで使って、ビーチ・ボーイズでは演奏不可能なサウンドを作ろうとした。楽器だけでなく、自転車のベルや自動車のクラクション、踏切の警報機、弦にヘアピンなどの異物を置いたグランドピアノも使った。(町山智浩、同上、p.182)
つまり、『ペット・サウンズ』と『オペラ座の夜』は、前項で挙げた「①過去のヒット曲に依らず、新しい音楽を作り出した」「②革新的なレコーディング方法を生み出した」の2点と共通しています。それまでの自分たちがやってきた音楽を超えるために、ジャズやクラシック等の新しい要素を取り入れます。劇中においては、前述のプリペアド・ピアノに加え、演奏者のミスタッチやレコーディング中の人の話し声など、偶然から生まれた音をそのまま曲に残すという方法も取られています。この「偶然性」による音楽というのも、ジョン・ケージが現代音楽で好んで使った手法でした。
問題はそれ以外の部分。
3. クイーンならできたことができなかった
前項の③④は、ビーチ・ボーイズでは次のように変わります。
③メンバーが新しい音楽を受け入れられなかった
④売上が成功しなかった
ブライアンが実験的な音楽を作りたがっているのに対し、ビーチ・ボーイズのメンバーは過去にヒットしたサーフ・ロックの路線で作ることを望みます。『ボヘミアン・ラプソディ』においては、ドラムのロジャー・テイラーが保守的な意見を出す役に回っていましたが、ビーチ・ボーイズにはこのテイラーの役割しかいない状態。
他のメンバーたちの想いが反映されたかのように、『ペット・サウンズ』のセールスは自国アメリカで成功しませんでした。
4. 理解されなかったことで地獄の生活へ
『ペット・サウンズ』の売上が奮わなかった理由の一つは、彼らが保守的なアメリカで活動していたことにあります。実験的な音楽がヒットしたクイーンやビートルズは、比較的それを大衆に受け入れてもらいやすいイギリスで活動していたバンドです。『ペット・サウンズ』もイギリスでは売上2位を獲得し、ライバルであるビートルズのポール・マッカートニーも高く評価しました。 しかし、何よりも不運だったのは、セールスに結果が出なくて辛い中、自身の音楽に賛同してくれる味方がそばにいなかったことです。
この『ペット・サウンズ』後、ブライアンはメンバーから望まれるように、自身の性格に合わないサーフ・ロックを作りながら、精神を壊していきます。彼に就いた精神科医のユージン・ランディは、自身もかつてミュージシャンを目指していたことから、ブライアンと共同でアルバムを出す夢を叶えようと洗脳を開始。資産を含む生活すべてを管理し、ブライアンを向精神薬によって操ります。この支配は長く続き、ブライアンはなんと20年もの間ベッドから出ないで引きこもる地獄の生活を送ります。
同じように繊細なフレディが、もしブライアンのように良き理解者を持たなかったとしたら… 何だかぞっとしますね。
ブライアン・ウィルソンは、このまま精神科医に支配される生活で生涯を終えてしまうのか…? 続きは、是非映画を見てご確認ください!
5. 意見してくれる君たちが必要
『ボヘミアン・ラプソディ』で、クイーンのメンバーを裏切るように高額の給料でソロ活動をしていたフレディが、またクイーンで活動したいと申し出ながら、メンバーに次のような旨を伝える場面があります。「ソロで雇ったミュージシャンはみんな言う通りに演奏するからつまらない。僕に必要なのは意見してくれる君たちだし、君たちだって僕が必要だ。」
フレディがソロで発表した《I Was Born To Love You》(1985)は、その10年後クイーンのアレンジによって、やや単調気味だったディスコ調からドラマチックなハードロックの楽曲に生まれ変わります。曲の展開が練り直され、ディスコ風のドラムパターンからテイラーの激動のドラムに変わり、ジョン・ディーコンのベースで曲域がグッと広がり、ブライアン・メイのギターソロによって胸が熱くなるような感動を誘います。フレディだけでなく、意見をぶつけ合える4人の天才がいたからこそ成功したバンドなのでしょう。
もし、ビーチ・ボーイズにブライアンの理解者がいたとしたら、既に名盤と評される『ペット・サウンズ』も、さらに素晴らしい作品に生まれ変わっていたかもしれませんね。
【参考文献】
・ 町山智浩『映画と本の意外な関係!』集英社インターナショナル、2017年