【Introduction】
タイトルの通りです。筆者は大学時代にクラシック音楽を専攻していたので、本記事はクラシックの分析方法を使って解説をしています。が、「クラシックの分析なんて知らん」という方でも、サラッと読んでいただける内容になっている、はず。どうぞご気軽にご覧くださいませ。(細かい分析を無しにすると、#1と#5だけでも内容が把握できるようになってます。)
1. 相方が「どれも100点のアレンジ」と評価
《ミステーロ》(2015)は、ポルノグラフィティのアルバム『RHINOCEROS』より14曲目、すなわちアルバムの最後1曲に収録されている楽曲です。
元々は映画『名探偵コナン 業火の向日葵』(2015)の主題歌を構想して作られた楽曲です。 ポルノグラフィティが主題歌を制作する際は、コンペティションのようにメンバー二人がそれぞれ楽曲制作に取り掛かり、「曲聴き会」でどちらが作った曲にするかを会議して決めることが多いそう。 結局タイアップの楽曲は《オー!リバル》に決定したので、今回取り上げる《ミステーロ》はいわゆるボツ曲。 また、《オー!リバル》を作曲したのはヴォーカルの岡野昭仁さんなので、《ミステーロ》はギターの新藤晴一さんの作曲ということになります。
主題歌に選ばれなかった曲は通常お蔵入りしてしまうそうですが、《ミステーロ》は「せっかくだから」とプロデューサーの田村さんに促され、アルバムに収録することで日の目を浴びることができたと言います。また、上述の「曲聴き会」においては様々なバージョンのアレンジが披露されたらしく、相方の昭仁さんはそのどれもが「100点のアレンジ」だったと評価しています。
よく出来た楽曲はどのようにアレンジしても上手くいくことが多く、《ミステーロ》もそうした曲の一つです。ボツ曲でありながら、もったいないからと世に出すことを薦められる程よく出来た楽曲。ギタリストが作る曲特有の知的な魅力に溢れています。この記事においては、その素晴らしさについて作曲の観点から考察します。
2. メロディーライン
《ミステーロ》の形式は、「サビ→(間奏→Aメロ→Bメロ→サビ)×2→ギターソロ→大サビ→アウトロ」と、一般的な歌謡曲の型で作られています。
そして、この記事においては「サビ」の10小節だけをただひたすら分析していきます。(歌詞や楽譜は、著作権対策につき記載しないでお送りします。見辛くて恐縮です。)
サビのメロディーで凄いのは、ほとんど隣り合った音に進んでいること。クラシックでよく使われるイタリア式の音名で言うと「シ、ド#、レ、ミ、ファ#、ソ、ラ、シ、ド#、レ…」、ポップスで使われるイギリス・アメリカ式で言うと「B、C#、D、E、F#、G、A、B、C#、D…」と続いていく音階で作られている曲です。2小節ずつを一括りと考えると、6、7小節目で登場する2つの音以外は、全てこの隣り合った音へ上がったり下がったりしながら進んでいます。(例:”レ” の音の次は “ド#” か “ミ” へ進む。)
このように隣り合った音へ進むことを「順次進行」と言い、逆に隣り合っていない離れた音へ跳ぶことを「跳躍進行」と言います。唯一跳躍してる2つの音にしても、直前の音と比べてたった2音分(ファ#→レ、ミ#→ド#)しか跳躍していません。
こうしたサビのような劇的にしたいはずの部分で大きな跳躍がないことは、かなり珍しいことです。一般的なサビと比べてどのくらい違うか、タイアップに選ばれた《オー!リバル》のサビと比較してみます。 特に劇的なサビの立ち上がり部分を図式化すると、以下のようになります。
めっちゃ跳んでる。
なんと、1オクターブ(※音階で数えたときその音から7音分の差)ものダイナミックな跳躍でサビが始まります。わお! これだけ派手な跳躍があると、歌う難易度はそれだけ高くなります。立ち上がり以外の部分も派手に動く部分が多く、《オー!リバル》は昭仁さんが自身のヴォーカリストとしての技量を信じているからこそ、作ることが出来たと言える楽曲です。
それに対して、メロディーが隣り合う音でしか動かない《ミステーロ》は「歌いやすい曲」ということになります。自身が作った曲を自身で歌う場合には問題になりませんが、作曲を職業としている者にとっては「歌い手が歌いやすいかどうか」が作曲の重要なポイントです。歌いやすいことの利点は、難易度の高い曲に比べて失敗しづらく、安定したヴォーカルをのぞむことができるということ。歌の上手い人が歌えば、それだけその歌い手の技量を引き出すことができます。カラオケで歌ってみると、《ミステーロ》の歌いやすさがよくわかるはずです。
(ちなみに… どちらの楽曲も最高音域が “ラ” (A4)の音ですが、これは昭仁さんのヴォーカルが最も気持ち良く映える音だと言われています。例えば、デビュー曲《アポロ》のヴォーカルはこの音で始まり、《メリッサ》もシャウト部分にこの音が充てられています。ちょうど “ラ” が頂点に来るように計算されているところも、作曲的に素晴らしい点です。)
3. コード
次に、サビ10小節のコードを分析してみます。
(コードの著作権については、JASRACへ直接問い合わせたこちらの外部サイト様の記事を参照しながら記載しています。次項の#4においても「その譜面だけを見て楽曲の再現(演奏)が可能かどうか」という上記事によるJASRACの判断基準にしたがっています。)
コードを専門的に分析すると、下の図の黄色い枠に並んでいる記号のように表すことができます。ややこしいので、注目していただきたい部分の記号だけカラーにしています。
まず、「分析」の赤くなっている部分のコードは転調している部分です。赤い部分は3ヶ所なので、元々の調と合わせると4つの調性が使われています。言い換えれば、たった10小節の間に6回も転調しているということになります。
次に緑色の部分は、一瞬だけ同主調から音を借りてきているという部分です。同主調とは、”同じ音を主音とする長調(メジャーキー)と短調(マイナーキー)”のことです。わかりやすい例を同じポルノグラフィティの楽曲から挙げると、《メリッサ》はサビが ”ラ” を主音とするマイナーキー(A minor)で始まり、Aメロで ”ラ” を主音とするメジャーキー(A major)に変わります。このサビとAメロの関係が「同主調」です。《ミステーロ》はマイナーキー(B minor)の曲なので、緑色の部分は本来であればEではなくEmになるはずの箇所。それをメジャーキー(B major)から一瞬だけ音を借りてきてEにすることで、この部分にちょっと変わった風味が醸し出されます。コードマニアには「おっ」となってしまうところです。
長くなりましたが、コードについて一言で言うと「たった10小節の間でめっちゃ色々やってる」ということです。これを踏まえて、次に進みます。
4. ベースライン
最後に、ベースラインについてです。これに関しては、サビ後半部分だけ注目していただければ十分なので、5小節目からご覧ください。
赤くなっている文字は、それぞれのコードの一番低いところで鳴っている音、すなわちベースの音を表します。(ただし、実際のベースパートはさらに動きが加わるため、これだけでは演奏による再現はできません。念のため。)青い矢印の部分に注目すると、B→A#→A→G#→G(イタリア式音名で シ→ラ#(厳密にはシ♭)→ラ→ソ#→ソ)と、半音ずつ音が下がっています。美しいですね。(この項はこれでおしまい)
5. まとめると…?
さて、#2〜#4で挙げたメロディー、コード、ベースラインをまとめると、次のようになります。
・コードで色々やっているにも関わらず、
・メロディーは歌いやすいように隣り合う音へと動き、
・ベースラインは美しく半音ずつ下降する。
三つのうちどれか一つだけの条件で作曲することは、さほど難しいことではありません。しかし、これら三つの条件全てを含めて作曲するには、高いテクニックが必要になります。
ヴォーカリストだからこそ作ることのできた《オー!リバル》に対して、《ミステーロ》は楽器プレイヤーが作ったからこその知的な仕掛けが散りばめられている。これほどまでによく出来た作曲であるから、どのようなアレンジを施しても「100点のアレンジ」になり、ボツ曲でありながらお蔵入りを免れたのでしょうね(^^)
※私事ですが、《オー!リバル》はポルノグラフィティで最も好きな楽曲です。「タイアップは《ミステーロ》のほうが良かった」というような意見は一切ございませんので、あしからず。
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