午前4時33分

B’z《ZERO》実は作曲にもゼロが隠されている

【Introduction】B’zが始まった曲

B’zが始まった曲」と言えば…?

 デビュー曲の《だからその手を離して》(1988)や出世作の《BAD COMMUNICATION》(1989)を思い浮かべる方も多いと思いますが、これらと同じくらい重要な楽曲が《ZERO》(1992)です。アルバム『RUN』(1992)の先行シングルとして発売された《ZERO》は、「ゼロが良い ゼロになろう もう一回」という歌詞通り、B’z自身が一度「ゼロ」に戻ることで、新生B’zが始まった楽曲だと考えられています。この記事においては、そんなB’zの名曲《ZERO》について、作曲に隠された仕掛けも含めながら解説します。

1. それまではハードロックではなかった

 《ZERO》を考察するためには、まずはそれ以前のB’zについて確認する必要があります。一言でいえば、《ZERO》以前のB’zはハードロックではありませんでした。

 今でこそバンドサウンドのイメージが強いB’zですが、デビュー当初はむしろ打ち込みを使って作られることがほとんど。これは、デビュー当時のB’zが、ヴォーカルとギターの「二人組でしかできない音楽」を意識していたことによります。

 元々このメンバー構成は、典型的な編成のバンドを作ろうとしていたところ、納得のいくメンバーが見つからなかったからという理由で成立したもの。これを逆手にとり、むしろリズム隊(※ドラムとベース)がいたらできないような打ち込みのダンスビートを基調にして、王道のロックギターをのせたのが初期のB’zです。

 彼らがデビューした80年代当時は、バンドブームとディスコブームが同時に到来していました。したがって、このロックとダンスビートを融合した音楽は、その二つのトレンドを上手く組み合わせたものということになります。B’zは、「売れなければ意味がない」というギターの松本孝弘さんの意向で始まったプロジェクトであるため、このように流行を勉強しながら取り入れていくことは、当時のグループにとって不可欠なことでした。

 CMのタイアップで注目を集めた《BAD COMMUNICATION》を封切りに、このトレンドを合体させてできた初期B’zはヒットを重ねていきます。つまり、メンバーが集まらなかった弱みを強みに変え、バンドではできないような流行を取り入れた音楽性を作ることで、売れるという第一の目標を果たしたということになります。かっこええ。

 そして、「売れなければ意味がない」という目標を達成したB’zは、いよいよストレートにやりたかった音楽を始めます。

2. 覚悟の一曲

 《ZERO》は、すなわち「ハードロックのB’zが始まった曲」です。軽快なシンセサイザーで始まり、いつも通りの打ち込み基調の楽曲と見せかけておきながら、骨太なギターリフが突然畳み掛けるように入るイントロ。それまでの「ロックとダンスビートの融合」による新曲を待ち構えていたファンにとっては、度肝を抜かれるような展開で《ZERO》は始まります。

 いくら売れるという目標を果たしたとは言っても、むしろそれまでの音楽で成功すればするほど、このような極端に方向性の異なる音楽に転換することは勇気のいることになります。売上が伸びない危険がある上、それまでのスタイルを支持してくれたファンを失望させてしまうかもしれません。

 《ZERO》のセールスを懸念した周囲は、タイアップをつけることを勧めますが、松本さんは純粋に曲だけで「勝負したい」と、タイアップなしで挑みます。流行を取り入れることで結果を出してきたB’zにとって、《ZERO》は自分たちがストレートにやりたい音楽を聴衆に受け入れてもらえるかどうかが懸かった、覚悟の一曲だったと言えます。

※ちなみに、《ZERO》は発売から17年後の2009年に、キリンビールの発泡酒「麒麟ZERO」のCMによって初のタイアップがつきました。「都会の暮らしは やけに喉が乾いてしまう」という歌詞に上手いことマッチしています(笑)

3. ゼロになる調号

 さて、実際にこの曲には、作曲において「ゼロ」を使った粋な仕掛けが隠されています。それは…

 調号。

 調号とは、その曲の調性を示すために使われる記号のことです。例えば、B’zの曲に多いC# minorという調性は、音階(C#D#、E、F#G#、A、B)の中に#が4個含まれています。これを楽譜に表す際は、一つ一つの音符の横に#をつけずに、下図のようにその行の初めに#4個分をまとめて記すのが一般的です。C# minorの場合は、このまとめられた#4個分のことを調号といいます。

<図1> 調号なし(上)と調号あり(下)で表すC# minorの音階

 《ZERO》はA minorの楽曲なので、調号は0個の曲です。そう、こんなところにも、ちゃっかりゼロが仕込まれていたんですね(笑) 仕掛けはこれだけではありません。

 この楽曲は、サビで調号が2個のB minorに転調します。

<図2> 《ZERO》Bメロ→サビの調号変化

 全体を通して、《ZERO》は歌詞の主人公による現状への不満が描かれている楽曲ですが、特にサビの部分では「今あいたい」「ねむりたい」など具体的な欲求が素直に明かされます。つまり、サビは主人公の頭の中がいっぱいになってパンクしそうになっている部分です。それが、ゼロがいい ゼロになろう もう一回」という歌詞の後で、調号ももう一回ゼロに戻ります。

<図3> 《ZERO》サビ→間奏の調号変化

 つまり、歌詞で「ゼロになろう」と呼びかけると、調号もそれに従ってゼロになってくれるという仕掛けです。パンクしそうな頭の中を、調号と一緒にリセットしているんですね。シャレてます。

4. ゼロになるとは、原点に戻ること

 上述の通り、《ZERO》は現状へ不満を抱いている歌詞の主人公が、「ゼロがいい ゼロになろう」と吹っ切れる曲です。では、B’zにとっての「ゼロになる」とは一体何を指すのでしょうか?

 B’zにとっての「ゼロ」とは「原点」のこと。すなわち、「ゼロになる」とは「原点に戻る」ことであると考えられます。つまり、この楽曲には典型的なバンドを始めるはずだった原点に戻って、本来やりたかったハードロックを始める決意が暗に示されています。

 タイアップなしで挑んだこの「覚悟の一曲」は、セールスで見事1位を獲得。《ZERO》が売れたことに関して、松本さんは「今までで一番嬉しかった」と語っているそう。 自分たちのやりたい音楽が晴れて聴衆に受け入れられたので、B’zはこの曲を分岐点にガラッと方向性を変えます。そのハードロックを基調にした音楽性は、現在もなお変わることはありません。

5. 時代遅れでもやりたい音楽を

 《ZERO》の発売から25年経った2017年、B’zは20作目のアルバム『DINOSAUR』をリリース。アルバム名の「DINOSAUR」には「恐竜」という意味のほかに、「時代遅れで扱いにくいもの」という意味もあるそう。

 このアルバムを引っ提げたツアーにおいて、ヴォーカルの稲葉浩志さんは「流行を追いかけても、流行はすぐに移り変わってしまう。だから、たとえ時代遅れだとしても、好きな音楽をやっていきたい。」との旨を語りました。その言葉通り、流行がテクノやEDMに移り変わっても、B’zは変わらずにハードロックを貫き通しています。

 流行を積極的に勉強しながら自分たちの音楽に取り入れていくスタイルも、もちろん尊敬できる姿勢の一つです。しかし、B’zが長く愛される所以は、こうした流行に流されず堂々と好きな音楽で勝負していく姿勢にあるのかもしれませんね。

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